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『第1話 貧乏青年の転機』
「ちぇ。今日も負けちまったか」
黒いジャンパーと安そうな青がかかったジーパンを履く男が、ため息混じりに薄そうな財布を見つめてつぶやいた。
毎週土曜日に行くパチンコで、今日もすったのだ。
負けた日の帰り道は、彼はいつもこう独り言をつぶやく。
「残り11,623円かよ。まったく、どうしてこう勝負運がないかね、俺は」
5万円ほどあった軍資金は、あっという間に底をつき、残り一万になった財布を見て愕然としたものだ。
「あーあ。またヒロシに借りるかな。あいつヤな顔するだろうな〜。『ま〜た金ねぇのか。パチンコ控えろよバカ』ってな」
そう言って「ヘヘヘ…」と独り笑う青年を見て、すれ違う若い女性が不思議そうな顔をしたが、彼は気づいていなかった。
この青年の名は木村 啓介(けいすけ)という。肩ほどある髪の毛は、しかし女性並に綺麗で、細い体は見るからに頼りのない男だった。
今年で20歳となり、大学に行っていない彼はそろそろ定職に就くべきだが、彼は未だフリーターだった。
「やっぱ普通の高校出て、普通に働くってのはきついかねぇ〜。北海道は相変わらず不景気だしなぁ…」
そう啓介はぶつぶつとぼやく。
帰り道に一人ぼやくのは、彼の癖なのだ。
彼は札幌に住んでいた。雪もちらつくこの季節。
今年はエルニーニョ現象により雪が少ないとはいえ、路面は凍結していて部分的によく滑る。
うっすらと雪が積もり、誰かの足跡がある階段を上り、啓介は自宅のアパートに着いた。
月々2万円と比較的安いアパートで、実家を出た彼はここで生活していた。
「シュボッ」
彼はライターに火をつけ、ポケットをまさぐりたばこの箱を取り出した。
「……フーッ」
金を失った喪失感か、どことなくため息ともとれる音を出し、彼は青い煙を吹いた。
その部屋はとてつもなく散らかっていた。
毎週読んでいる漫画の雑誌はそこら中に転がっていて、昨日友人と一緒に飲んだビールの缶はそのままになっていた。
面倒なので、と敷いたままになっている布団は独特な男臭さが漂っており、ホコリをかぶったゲーム機はずいぶん使っていないようだった。
啓介は何となく今朝の朝刊のテレビ欄を見て、別に見たい番組が無いのを確認した。
続いてかけてあるもらい物のカレンダーを眺めた。
明日、明後日、明明後日はバイト。4日後が休みで、5日後がまたバイト…。
ボーッとしながら今月のスケジュールを見る。
−バイトバイト、またバイト。やっぱフリーターの身分で一人暮らしはなかなかきついな。
彼は仕事は割と熱心だったが、給料は一人暮らしには辛い金額だった。
時間を更に長くするのも良いが、所詮収入面で正社員にはかなわない。
「あーあ!なんか何もしたいことねーなぁ…。女もいねーし、まったく神様は俺にどれだけ試練を与えるかね!」
何となく啓介は苛ついていた。顎を触ると、少し伸びた髭が指に当たった。
−髭剃るのもめんどいや…。
布団に寝っ転がっている内に、まだ15時だというのにいつの間にやら彼は眠っていた。
電話の音で目を覚ましたのは、それから5時間ほど経過した午後8時過ぎだった。
彼は眠い目を擦りながら、枕のそばに投げてあった携帯電話に出た。
「はいもしもし…。……あ?何だ親父かよ。何のようだよ」
彼の父親からだった。普段電話などかけてこないのだが、彼は何となく内容の見当は付いていた。
「わかってるって!マジで!俺だって色々探してるンだよ。…ああ。……ああ。…へーい」
やはり内容は定職に就けだった。
だんだん応じるのも面倒臭くなり、返事も適当になっていた。
「…じゃあーそろそろ切るわ。…ん、わかってるわかってる。晩飯まだだから食うな。じゃあなー」
彼は電話を切って時間を見た。……午後8時40分。
冷蔵庫を開けるが何もなかった。炭酸ジュースが少し残っているだけ。
「コンビニでも行くか」
啓介は近所のコンビニに向かった。
「いらっしゃいませこんばんはー」
機械的にしゃべる女性に少しおかしさを感じつつも、彼はまず雑誌からチラチラ眺めていた。
特に読みたい雑誌もなく、さっさと食品を買って帰ろうと思った。
少ししか残っていなかったが、おにぎりを二つと彼の好きなジャムパンをかごに入れ、ペットボトルのお茶の品定めを始めた。
−これ美味いんだよな。でも高いなぁ。……あ、これ安いや。
彼は1リットルのペットボトルをかごに入れ、レジへ向かった。
「おにぎり暖めますか?」
見るからに営業スマイルとわかる店員が聞いてきた。
「あーお願いしますわ」
やる気のない声で彼は答えた。
「あ、あとキャスターセブンくれる?」
そろそろ無くなりつつあるたばこを補充した。
−そういや、「おにぎり暖めますか」って聞くの北海道だけらしいんだよな。
そんなどうでも良いことを考えていると、すぐにレンジは止まり、店員があたたかそうなおにぎりを持ってきた。
「お会計758円になります」
啓介は財布から1000円札と58円を支払い、釣りの300円を受け取った。
アパートの自室に戻った彼は、まだあたたかいおにぎりをほおばりながら、お茶をラッパ飲みした。
「………」
改めて自分の部屋を見る。すさんだ生活だとすぐにわかるような部屋だった。
「俺の理想は…」
部屋を見ながら、彼はつぶやいた。
「俺の理想は、こんな生活じゃなかったはずだ」
続いて二つめのおにぎりをほおばった。
…………………。
カタカタッ!
「……ん?」
彼の背後にある小さなタンスが、揺れたような音を立てた。
何事かと思いタンスを見てみると、三段ある引き出しの二段目が何故か揺れていた。
−ネズミでもいるのか?
そう思いつつ、少し身構えて彼は引き出しを一気に開けた!
「フーッ!やっとあいたぁ〜!もうちょっと大きなタンス買って欲しいな〜」
「…………」
ネズミではなかった。出てきたのは、青いぬいぐるみのようなヘンテコな生き物。
おでこに触覚のようなものが付いていて、耳はとんがっており、おまけに手はメチャクチャ長い。
彼が先ほどまで座っていた場所へ歩き、小さなテーブルに置いていた彼が食べていたおにぎりを、物珍しそうに見ている。
「な、なななななな…なんだ!?」
彼は我が目を疑っていた。
あんな小さなタンスの引き出しから、こんな生き物が出てくるのはもちろんだが、まず図鑑でも何でもこんなのは見たことがなかった。
おまけに喋っている!しかも流暢な日本語を!
110番すべきか?119番すべきか!? 刺激しない方が良いのか!? もしかしてこれが巷で噂の宇宙人!!?
こちらの視線に気づいたのか、"ヘンテコ"は啓介の方を向いた。
「…んー、やっぱ間違いない!キミだ!ケースケ君だね!?」
ヤツと目が合ってしまった。
彼は何が何だかわからなかった。
いったい何が間違いないというのか。
おまけに何で俺の名前を知っているのか。
「えっとねー。お願いがあるんだ。僕たちの国にきてくれないかな?キミみたいなモンスターマスターが欲しいんだ!」
彼の頭にいくつも?マークが浮かんだ。
僕たちの国? モンスターマスター?
なんといえばわからず、とりあえず害は与えてこないようなので、少し落ち着いて彼は聞いた。
「おおお俺になんか言う前に、せせ説明が必要じゃじゃじゃあないか!?」
全然落ち着いてないのが自分でもわかった。
「おっとこれは失礼。説明が遅れたねー」
ヘンテコはちゃんと返してきた。やっぱ会話が出来るんだ!
「僕の国では少し問題になっていることがあるんだ。それで、誰かに国へ来てもらって、モンスターマスターになってもらいたいんだ。でも、モンスターマスターってのは普通の人間じゃなれないんだ。素質が必要だし、それに、僕らの言葉を理解できないといけないしね。僕が選んだんだから、キミの名前も知っているんだよ」
なんだかちんぷんかんぷんだった。モンスターマスターっていったい何なんだろう。
「ぼぼ僕らの言葉って、お前が話しているのは日本語だろ!」
やっと振り絞った言葉がこれだった。
「僕らはニホンゴなんて知らないよ。キミが僕らと同じ言葉を話していて、理解できているんだよ。つまり、キミは僕ら魔物の言葉を理解できて、おまけに喋られるっていうとっても珍しい人間なんだ」
珍しい人間?俺が? 第一日本語にしか聞こえない。
彼は何というかあまりのワケのわからなさに呆然としつつ、ヘンテコを見つめていた。
「ま、来てもらえればわかると思うよ!どう?来てくれるかな!?」
やたら笑顔を振りまいてくる。くそ、もしかして新手の詐欺…?
だが、彼は自分の薄い財布をチラリとみて、自分の置かれた状況を考えてこう尋ねた。
「その国に行けば、ちゃんと三食食えて風呂も入れて収入もあるのか!?」
きょとんとした表情を見せたと思ったら、突然ヘンテコは笑い始めた。
「あははは!ごめんごめん!そんなこと聞いてきたのキミが初めてだったから。んーそうだね。お風呂やご飯の心配はいらな」
「行くっ!!!」
彼は何の迷いもなく即答した。
もうこいつが何者だろうがどんな国へ連れて行かれようが構わない。
こんなすさんだ生活とはさっさとおさらばしたい気持ちの方が強かった。
「え…!?来てくれるの!?やったぁ!ありがとう!」
ヘンテコは大喜びしていた。
「おい!何か必要なものはあるのか!?」
「んんと、特にないかなぁ…。君たちが使っているお金は、僕らの世界じゃ使えないし…」
ものも要らんし、飯も食えるし、風呂にも入れる! 彼は小躍りしたいくらい嬉しかった。
だが、唯一心配なことがあった。
「ところで、俺以外の人間ってちゃんといるんだろうな?男だけじゃないぞ、女もだ」
こんな変な奴らしかいない国なら、いくら飯が食えても流石に気が引ける。
そんな啓介をみて、ヘンテコはまた笑った。
「安心して。キミ以外にも大勢いるよ!他国だけど、17歳の女の子もモンスターマスターやっているし。あ、キミと同じニッポン人だったかな」
−俺より若いヤツが、見たことも無い世界でそのモンスター何とかをやっているのか!
元来好奇心は人一倍強かった彼にとって、これほど魅力溢れることはなかった。
「よっしゃ!そんじゃさっさと行こうぜ!」
啓介は行く決意を固めた。
「どうもありがとう!きっとみんな喜ぶよ!」
ヘンテコは嬉しそうな顔を浮かべた。
なんだかもの凄く楽しそうな予感がしてきた。
「あ、そうそう。お前の名前聞いてなかったな。なんていうんだ?」
啓介はヘンテコに名前を聞いてみた。
「僕の名前はわたぼう!タイジュの国の精霊だよ!」
−第2話に続く−
有名アスリートの苦悩 -予告みたいなもの-
「星降りの大会?」
「そう。来年1月にこのマルタで行われる、世界一の魔物使いを決める大会だ」
「それは存じておりますが…。私が代表なのですか?」
「君とルカを推薦したいと思っている。既に彼からは承諾を得たのだ」
「し、しかし…。外国人である私が出場しても良いのでしょうか?」
「前大会の準優勝者並びに優勝者、どちらも外国人だったのはご存知かな?」
「あ…」
「今回は各国2人ずつ出場だ。是非我が国を代表し、君に出場していただきたい」
「…今すぐに承諾することは出来ません。明日、返答させていただくと言う形でよろしいでしょうか?」
「構わんよ。良い返事を期待しておるぞ」
……私の名は"柴原 梨恵"(しばはら りえ)。
北海道在住の魔物使いだ。
かつて2度、このマルタ王国を救ったとあり、少しは名の知られた存在…だと思う。多分。
そして今日、私は前日受け取った招待状の通り、マルタ城へと出向いたのだった。
王との謁見は久しぶりで少し緊張したが、内容は以上のように星降りの大会出場へのオファーだった。
凄く光栄なことだし断る理由もなかったが、突然のことに私は狼狽えてしまい、つい返事を先延ばしにしてしまった。
…それがいけなかったと思う。翌朝の新聞を読み、私は愕然とした。
「マルタ最強マスター、星降りの大会出場へ―!」
現在マルタ最強のモンスターマスターとして腕を鳴らしているリエ選手が、
昨日国王との交渉に臨み、ほぼ出場が確定したと発表した。
リエ選手は報道記者の質問に対し、「大変光栄なこと。是非出場してマルタのため全力を尽くしたい」などと語った。
……………………
…私はいつ、出場を決意したのだろう。
そして記者のインタビューに答えた覚えはないし、まして出場するかしないか昨夜一晩悩んだというのに…。
やれやれ。こりゃ出場する他ないかな…。
-星降りの大会編- 今夏執筆するかもしれません(多分)。
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