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第5章 記憶の断片

「それで、だ。色々と聞きたい事があるんだが・・・」
無式はイヴの食事が済んだ頃合を見計らって尋ねた。イヴは小さく頷いた。
「わかってます。ですが私の口で説明するより、実際に私の記憶を『観て』もらったほうが早いでしょう。」
そう言うとイヴは傍らにあった長剣、ラグを手に取った。そして鍔元に額を付けて何事かを呟き始めた。最初は小さく、次第に大きく。
「・・・―――!!!」
何と言ったのか、正確な発音は聞き取れなかった。だが次第に周囲の景色が変化していく。
そして―――


「ここは・・・宮殿?」
無式達はいつの間にか、広大な宮殿のような場所にいた。傍らに立っているイヴが首を横に振って否定する。
「いいえ、ここはアストール城。私がまだ天界にいた頃に暮らしていた場所です。」
こんな巨大な城で彼女が暮らしていた、という事実に無式達は驚愕した。聞きなれない単語にドラキーが尋ねる。
「エ〜ト、ソノ『テンカイ』ッテイウノハ、ドコノセカイノコトナンデスカ?」
「私達は自分達のいる世界を天界、マスタさん達の住む世界を人界と呼んでいるんです。」
「すると、ここがいわゆる神様の世界って事か・・・」
傍らではスラファンが、普段はあまり見せない感嘆の表情を浮かべて呟いていた。
城内を歩く人々は、いずれもイヴと同じような白を基調にした衣服を着ていた。醸し出す雰囲気も、どことなく神々(こうごう)しい。
「来てください、こっちです。」
無式達はイヴの案内で城の奥へと進んだ。しかし、途中でスラファンが妙な事に気づく。
「なぁ・・・俺たちって、あからさまに無視されてないか?」
「確かに。だが俺の格好やお前達の存在は、かなり人目を引くはずだよな・・・」
しかし実際にすれ違った人々は全員、無式達を無視した。というよりは存在に気づいていないように見えた。並んで歩いているイヴの、腰の位置にある鞘に挿されているラグが説明する。
「ここは彼女の記憶によって創造された世界だ。周りからしてみれば、お前達はその時に存在していなかった訳だから、気づかれないのは当然だな。」
「ふ〜ん、なるほどな。・・・ところでイヴ、少し気になってる事があるんだが。」
イヴがふと足を止め、つられるように無式も足を止める。
「何でしょうか?」
「それ。どうしていつも丁寧語なのかと思ってな。年齢だって俺と大して変わらないだろう?」
「あぁ、その事ですか・・・」
イヴはふと、窓から見える庭園を眺めながら言った。その目には懐かしさがあった。
「私は幼い頃から周囲の人達の影響で、こういう風に会話をして育ってきたんですよ。そう躾(しつ)けられたわけでもないですし、癖というよりか習慣みたいなものですね・・・変ですか?」
「いや、別に変とは思ってないが・・・正直そういうの、あまり慣れてないからな。」
傍らでドラキーとスラファンが囁きあっている。
「シンシジャナイデスネェ〜。」
「むしろ野蛮人だからな。」
後で絶対殴ってやると、無式は心に刻む。
「別にそういう事なら・・・変なこと聞いてすまないな。でも『マスタさん』っていうのだけはやめてくれないか?」
振り返ったイヴは驚きながら、純粋に尋ねてきた。
「え?でも『マスタ』っていうのは、あなたの名前ですよね・・・違うんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

全世界が、停止したかと思われた。

しかしよく考えてみると、無式自身からまだ自己紹介もしていなければ、M・M(モンスターマスター)についての説明もしていなかった。なのに『マスタ』という単語を知られている、ということは、つまり、
「・・・・・・ドラキー?」
「アッハッハ〜ナンノコトヤラ。ハ〜、サッパリ、サッパリー♪」
ドラキーに関しては殴った後、埋める。無式はしっかりと心に刻みこんだ。そして小さくため息を吐(つ)いて、イヴに向かって言う。
「・・・誰に何を吹き込まれたのか知らないが、俺の名前は『ルカ』だから。本名は『ルカ・エニクース・マルタ』なんだけど、まぁそっちはどうでもいい。」
イヴは自分が大きな間違いを起こしていた事に赤面しながら、ボソボソと言った。
「ぁ・・・・・・そうだったんですか。すいません・・・ルカさん。」

『さん』付けは、変わらないらしい。

そんなこんながあった後、無式達はやがて聖堂のような場所に案内された。中では儀式のようなものが行われているらしく、たくさんの人々が集まっている。そして、その人々の先にいたのは―――
「あれは・・・『過去の』君か?」
無式の言葉に、傍らにいるイヴは微笑みながら頷いた。
そこにいたのは紛れも無い、イヴ当人だった。しかしよく見ると、傍らにいるイヴよりも顔立ちがやや幼い。ここは彼女の記憶の中―――つまりその少女は過去のイヴだった。
彼女は跪(ひざまず)いた体勢で、目の前にいる端正な顔立ちをした男性に頭(こうべ)を垂れていた。男性の掲げられた手には長剣、今はイヴの腰に挿されている、ラグナロクがあった。イヴが話し始める。
「これは、私とラグが『契約』をした時の場面です。そして私の前にいる男性が、私の父上である最高神『オーディン』です。」
「なるほどねぇ。だから『オーディンの娘』ってわけか・・・」
男性、オーディンはラグを掲げながら、朗々とした声で言った。
「汝、清き者を守り、それに仇(あだ)なすものを裁け。貧民に愛の手を差し伸べ、強欲なる者には・・・・・・」
無式は途中で、彼の声は以前にも聞いた事があると思い出し・・・驚愕した。


「娘を・・・イヴを・・・頼む」




第6章『守るべき者』へ続く

第6章 守るべき者

周囲の景色が徐々に変化し、気がつくと元の世界、つまり無式の部屋へと戻っていた。
「これで大体、私とラグのことは分かってもらえたと思います・・・ルカさん?」
無式(ルカ)は全く聞いていなかった。焦点の定まらない目で、ぼんやりと壁を見ていた。
〈昨夜見た夢と不可思議な現実が、思いもよらない形で繋がった・・・これは・・・どういう事なんだ・・・?〉

かぷっ

「ん?」
無式が自分の左手を見ると、ドラキーに咥(くわ)え、否、噛まれていた。
「ちょ!?痛たたたたた!!!・・・ぬぅぁにやらかしとんじゃヴォケ!」
無式が思いっきり腕を振るとドラキーは意外にもあっさりと開放し、そして言った。
「マスタがボーットシテルカラデスヨ・・・マスタ、ワラワレテマスヨ。」
ふと横を見ると、イヴが口元を隠してクスクスと笑っていた。その笑顔を見ていると、自分と同じくらいの年齢であるはずなのに、彼女が随分と幼く見えた。
ひとしきり笑った後、イヴは言った。
「すいません・・・あまりにも違っていたんで。」
「ん?何と違ってるんだ?」
「いえ、ルカさんは少し冷たい人だなぁって思ってたんです。でも・・・」
「でも?」
イヴは微笑みながら付け足した。
「結構面白い所もあるんですね。」
「・・・・・・」
無式は憮然(ぶぜん)とした表情で押し黙っていたが、それを見てまたイヴが笑い始めた。
つられるように無式も苦笑する。正直なところ笑ったのって久しぶりだなと、無式は心の中で思った。
「―――あ、れ?」
素っ頓狂な声は、イヴが発したものだった。彼女は笑顔から一転して、きょとんとした表情を浮かべ、床に膝をつく。
「ん、どうかしたのか?」
イヴの顔には、薄く汗が滲(にじ)んでいた。
「・・・急に、力が、入ら―――!!!」
返答の最後を塞いだのは、吐血だった。口から溢れた血が、イヴの白い衣服を朱(あか)く染める。そしてそのまま意識を失い、床に倒れ込んでしまった。
「え?・・・おい!イヴ!?」
慌てて無式が抱き起こしたものの反応がない。まるで死んでしまったように、ぐったりとしている。混乱しながらも無式は指示を出す。
「スラファン!頼む!」
「あい。ベホマっ!
淡い光がイヴを包み込み、それが消えた頃にはイヴは呼吸を再開し、静かに寝息をたて始めた。
無式はイヴを抱きかかえて自分のベットに運び、手近にあったタオルでイヴの口元に付着している血を拭(ぬぐ)った。そして脇に立て掛けてある、ラグに尋ねる。
「いきなりで驚いたが・・・こうなる事はよくあるのか?」
ラグは考えるように沈黙し、そして答えた。
「そうだな・・・以前に一回だけ、力を行使しすぎてこうなった事はあった。」
「では今回も力を使いすぎた、と?」
「おそらくは。目覚めたばかりの状態で、時空操作術を連続行使したとなると・・・」
無式は息を吐き、続ける。
「って事は、止めなかった俺達のせいか・・・すまない。こうなるとは思わなかった。」
「我に謝る必要は無い。十中八九(じっちゅうはっく)、彼女もそう答えるだろう。それと・・・イヴの治療、感謝する。」
ラグのその言葉に、無式は手をひらひらと振って答え、脱力するように近くの椅子に腰掛けた。そして背もたれに寄りかかり―――背中がぐっしょりと濡れていることに気づいた。
いや、背中だけではなく、無式の全身が『冷や汗』で濡れていた。つまり無意識の内に、今までに無い『恐怖』に襲われていたのだ。
そして原因に気づいた無式は、愕然(がくぜん)とした表情で、未だ眠り続けるイヴを見た。

〈そんな馬鹿な・・・5年間M・Mとして生きてきた中でも、ほとんど感じなかったというのに・・・
 俺は『出会ったばかりの少女に死なれること』に対して、こんなにも恐怖を感じたのか・・・?〉

「・・・・・・馬鹿げている。」
「ン?ナニカイイマシタカ、マスタ?」
無式はスルーし、ドラキーとスラファンに向かって言った。
「・・・お前達は先に牧舎に戻ってろ。俺はラグと話がある。」
「は?何でだよ。俺らがいたら不都合なのか?」
思わず反発したスラファンだったが、無式の目線を受けて、びくりと身を震わせた。
「・・・いいから戻ってろ。」
無式の目線は氷のように冷たかった。どんな暖かな心をも凍てつかせてしまう、そんな凄みがあった。
M・Mとして愛情などといった心の他に、こういった非情な部分も持ち合わせていなければ、無式のような『超級』にはなれない。
滅多に向けられることのない冷徹(れいてつ)な瞳と出会い、ドラキーとスラファンは逃げるように部屋を出ていった。
「・・・して、話というのは?」
使い魔達が去った後にも、一向に話を始めない無式に向かって、ラグは訊いた。
無式は静かに話し始める。
「・・・先程の彼女の力で、『お前達が何者か』などといった根本的な事は判った。だが何故、人界(こっち)に来たのかをまだ訊いてなかったからな。」
無式は自分で尋ねておきながら、それに対しては特に大きな関心を持ってなかった。彼には本当に訊きたいことが他にあったからだ。しかし、
「汝が知る必要は無い。」
無式は思わずラグを見た。ラグの声に、今までに無い硬さと有無を言わせない響きがあったからだ。
「お前達には本当に感謝している。だがこれ以上、我らの事情に関わろうとするな。場合によっては・・・命に関わる。」
無式はしばし沈黙し、イヴに視線を移して言った。
「つまり、それ程までに危険な御事情が彼女にも関わってるって事だろ?」
そしてラグに視線を戻し、言う。
「だったら尚更(なおさら)教えてほしいもんだ。場合によっては力を貸すことも出来るしな。」
その言葉に、ラグは冷笑の声で答える。
「命に関わる、と言ったはずだがな・・・まさか『死が怖くない』などという戯言(ざれごと)でもぬかすつもりか?」
「冗談はよせよ。死が怖くないのなら、他の命を奪ってまで生きようなどとは思わないさ。それに・・・」
そこでラグは初めて、無式がはっきりと笑うのを見た。その笑みは、ある種の鬼気を纏(まと)っていた。
「それにお前が思っている程、俺は弱くはない。『あの時』から、既に死んだようなもんだしな・・・これでもまだ話す気になれないか?」
「・・・こちらにも訊きたいことがある。それに答えてくれるのなら、考えてやっても良いが?」
無式はその返答に一瞬驚いたものの、質問を促す。
「ん、わかった。訊いてやるよ。」
ラグの質問は考えてみれば当然な、ごくシンプルなものだった。

「何故我々を、正確にはイヴを助けようとするのだ?」

無式は失笑し、その簡単すぎる質問に答えようして―――答えられない自分がいることに気づいた。
それは彼がラグに訊こうとしていた質問と、全く同じだったのだ。赤の他人にあまり関わろうとしない性格の俺が、何故お前達を助けようとしているのかがわからない、と。
無式は、自分自身について他人に尋ねるという行為が変なのは、百も承知していた。だが彼には自分に生じるその感情が、どうしても理解出来なかったのだ。
「・・・お、俺は・・・」
「答えられぬのなら、無理せずともよい。ただし、そちらの質問は無かったことにしてもらおうか。」
「・・・・・・」
無式が何も答えられず静寂が続いていた、その時だった。
「う・・・ん、」
ベットで寝ていたイヴが、目を覚ました。彼女は両手で身体を支えて起きようとしたが、力が入らないのか、苦しげな表情になる。
見かねた無式が、手で彼女の背中を支えてやり、身体を起こさせる。
「・・・すいません。」
イヴは上がった目線で自分の衣服に付着している血を見、自分に何が起きたかを理解したようだった。
「・・・ごめんなさい」
謝るつもりでいた無式は、イヴに先に謝られ、面食らった。
〈何故謝る?謝らなければならないのは・・・俺の方だ〉
そう思ったものの、
「・・・・・・」
実際は何も言わずにいた。そして部屋に不自然な沈黙が流れようとした、その時だった。

PiPiPiPi! PiPiPiPi!

音の発信源は、無式のポケットの中の携帯電話だった。セキュリティーロックを解除し、液晶画面に表示された内容に目を通し、ため息を吐く。
イヴが心配そうな表情で無式の顔を覗き込んでくる。
「どうしたんですか?」
「ん?いや、大したことじゃない。少し仕事が入っただけだ。」
無式はそう言って立ち上がり、机上にあった外套を羽織る。
「仕事というのは、M・Mとしての、ですか?」
「まぁ、そんなところだな・・・君はまだ少し休んでいるといい。家内に事情は話しておくから、面倒は見てくれるはずだ。」
「・・・わかりました」
そして部屋を出ようとした無式に、彼にとって意外な問いが掛かった。
「いつ頃戻りますか?」
ドアのノブに手を掛けかけた状態で、思わず振り返る。
「何故そんなことを訊く?」
振り返った無式の目に映ったのは、イヴの悲しげな表情だった。
だがそれも彼女が俯いたことによって、垂れ下がった白金色の髪に隠れてしまい、見えなくなる。
俯いたまま言葉を発さないイヴに向かい、無式は言った。
「・・・厄介事(しごと)が終わり次第、だな。」

後ろ手でドアを閉めた無式は、雑念を振り払うかのように頭を振った。
そして携帯を取り出し、先程届いたメールの内容を確認する。

『標的、狭間の異世界にて確認、直ちに向かわれし』



第7章『虐殺、謀略』へ続く

第7章 虐殺、謀略

〜一週間前、深夜〜


「あらあら。随分と早かったわね?」
そう言って無式の前に現れたのは、30代前半と思われる妙齢の女性だった。
呼び出されたのは、格闘場の地下深くにある、やけに生乾きの血が目立つ一室。平穏なマルタの経済面を裏で支える、黒社会の組織の場所だった。
格闘場から賞金が無尽蔵に出てくるのも、この黒社会の莫大な財力があってこそのシステムである。
そしてこの女性は、黒社会で一、二を争う組織の幹部の一人。名前は知らない。知る必要も無い。ただの仕事のお得意様と、無式は認識している。
ちなみにM・Mの仕事というのは、いわゆる便利屋のようなものであり、こういった直接犯罪に結びつかない程度に、黒社会の依頼を受けたりすることもある。
ただ、こういった汚れ仕事を平気でこなすのは、無式ぐらいなものだが・・・。
「どうも。いつも人が寝ている時間に連絡を寄こすとは嬉しい限―――」
ギィィィヤァアァアァアアアア!!!
重い瞼を擦りながらの、皮肉混じりの返答は、ドアノブもなにも無い、鋼鉄の扉の向こう側からの断末魔によって阻まれた。数秒遅れて、扉の隙間から血が流れ出てくる。
「あぁ、気にしないでちょうだい。間抜けな生き残りを処分してるだけだから。」
その言葉に、無式は失笑しながら返す。
「人間を『過去形』にする作業中ってわけですか。相変わらず良い趣味してますね。」
「あなたも相変わらず口の減らないお子ちゃまね・・・でも、今は仕事の話よ。」
そう言うと、女性は取り出した煙草に火を点けて、話し始める。
「ここは我が組織が経営している、賭場や娼館の金庫室になっていてね。ホウキという男を頭(かしら)に、四人のM・Mが警備をしていたの。」
そこで女性は紫煙を美味そうに燻(くゆ)らせて、続ける。
「ところが数時間前に、そのホウキが組織を裏切って保管してあった金を持ち逃げ。共に警備をしていたM・Mの内の二人が殺され、残りの一人から通報を受けて駆けつけたら、このザマよ。
・・・頭首はこの不始末におかんむりでね、私を含む幹部連中は皆、解決競争の真っ只中よ。血眼になって奴を探してるわ。」
「それで、金庫にはいくら入ってたんです?」
その問いかけに、女性は蛇のような眼で無式を見つめながら答えた。
「60000000Gよ」
無式は思わず口笛を吹き、尋ねる。
「俺は別に構いませんが・・・そんな大仕事、外部の俺にやらせていいんですか?」
「あんたにしか頼めない依頼だから、わざわざ呼んだのよ。実は今、ホウキは自分の使い魔を持ってないのよ。」
驚くべき言葉に無式は目を見開き、そして生じた疑問をぶつける。
「はい?だったらどうやって、他の二人のM・Mを殺ったんです?」
「あいつは金庫に一緒に保管してあった『どんなモンスターも強制的に従わせる道具』を一緒に持ち逃げしたのよ。それを使って他のM・Mの使い魔を操って、殺ったってわけ。」
無式はその『道具』について気になったが、相手がその名称を言うのを避けた事に気づき、追求したらマズいことだと悟って、それについては沈黙を守った。
「成程(なるほど)。だから『俺』なんですね?」
「そう。超級M・Mである、あんた個人の戦闘能力でホウキを確保、もしくは殺害してもらって、持ち逃げされた金と『道具』を取り戻してもらいたい。それが今回の仕事の内容よ・・・引き受けてもらえるかしら?」
無式は横目でちらりと自分が先程入ってきた場所を確認し、ため息を吐いた。
「引き受けるも何も・・・ここまで訊いておいて「やっぱ辞めます」なんて言ったところで、素直に「ハイ、そうですか」って帰してくれます?」
出口は既に、屈強な男達によって固められていた。女性は蛇の笑みを浮かべ、無式に返答を求めてくる。
牧舎に戻った無式は、ドラキーとスラファンを叩き起こし、状況を説明した。
「・・・デ、ケッキョクノトコロ、ソノイライヲヒキウケタンデスネ?」
「あぁ。どう見ても断れる状況じゃなかったしな。まぁ最初から断るつもりなんて、さらさら無かったが。」
スラファンが欠伸(あくび)混じりの声で尋ねてくる。
「でぇ?その標的のぉ、具体的な情報とかはどうするんだよ?」
「それについては、いつも通りの方法で構わないだろ。」
そう言うと無式は携帯を取り出し、電話帳に登録してある『ピザ屋』で電話をかけた。
プルルルルル、プルプルプルプルプル〜!(何だ今のは?)ガチャ。
《こんばんみ〜!こちらデリバリー・ピザ!ご注文の方は?》
電話の向こうから聴こえたのは、夜中にも関わらず、恐ろしくハイテンションな男の声だった。
「特製ボンバーピザ、13人前頼む。」
《ハイハイ〜。少々お待ちを〜♪》
しばらく沈黙が続き、ハイテンションな男に代わって電話に出たのは、
「・・・無式か。」
変音機によって歪められた、男性とも女性とも区別がつかない声だった。
「よぉ。相変わらず酷い声してるな情報屋。一度病院で診てもらったらどうだ?」
「・・・用件は?」
無式の冗句を完全無視し、情報屋はまるで機械のように尋ねてきた。無式は苦笑して、用件を伝える。
「実はな・・・・・・」


「・・・了承した。だがその件に関しては曖昧な点が目立つ為、少し時間がかかる・・・構わないか?」
「ああ、ゆっくりとやってくれ。デマ情報を教えられたりしたら、わざわざそっちまで復讐しに行かなくちゃならないしな。」
返答は、無い。というよりか、向こうから電話を切られた。
「ふぅ・・・疲れたし、帰って寝るか。お前達も寝て・・・って何だよ、その目は」。
無式はドラキーとスラファンが目を細め、眉間にしわを寄せてこちらを見ていることに気づいた。スラファンが言う。
「マスタ・・・今回の仕事は、さっきマスタが話した『道具』があるから、俺とドラキーは行けないんだよな?」
「あぁ。今更何を言ってるんだ・・・ぁ」
ドラキーのとどめの一言。
「ジャア、ナンデボクラヲタタキオコシタンデスカ?」

・・・・・・沈黙。

耐え切れなくなった無式が謝る。
「・・・すまん。俺のミスだ。」
無式がそう言った瞬間、二体から殺気が放たれる。
「成程成程ぉぉぉ!?俺は寝起きは特に機嫌が悪いんだぜぇぇぇ!?」
「ハゲシクゥゥゥドウイィィィ!!!」
「ま、待て!落ち着け!力の悪用ダメ、ゼッタイ!それに人間(お前ら人間じゃねーか)話せばわかる!」
「「問答無用!!!」」
「ギィィィヤァアァアァアアアア!!!」

・・・無式が半殺しの目にあったのは、言うまでもない。

ホウキは完全に動揺していた。
この『狭間の世界』は、5年前までドークという魔王系モンスターによって支配されていた。だがそのドークが、とある腕のたつM・Mによって始末されて以来、この世界に足を踏み入れる人間は、ほぼ皆無となった。ホウキはその状況に目を付け、マルタでの捜索の手が緩むまで、ここに潜伏するつもりだったのだ。しかし、
「あなたがホウキさん、ですね?・・・盗んだ金と『道具』を返してもらいましょうか。」
僅か一週間。そんな短期間で潜伏場所がばれようとは、ホウキは夢にも思わなかった。

無式は、長年愛用している長剣に手を掛け、ホウキとの間合いを計りながら脅した。
「素直に従えば、見逃します。抵抗するようであれば、命は無いものと思って下さい。」
ホウキは明らかに動揺していたが、無式のその言葉を聞いて、口の端を吊り上げた。そして右手を挙げ、指輪のついた人指し指をこちらに向けてきた。
「罪深き暴君、ネロよ!我にその力の一端を貸し与えたまえ!」
ホウキがそう叫んだ瞬間、指輪が紅く発光して辺りを包み込んだ。そしてその光が収束して数秒後、空から、草陰から、岩陰から魔物が現れた。

グレイト・ドラゴン、切り裂きピエロ、ボス・トロール。

突如現れたそいつらは、ホウキを守るかのように立ちはだかった。そして全員が、まるで『何かに操られている』かのような眼をしていた。
「成程、ね。そういうことか。」
無式が一人呟いた瞬間、ホウキの指示が飛んだ。
「殺れ!!!」
最初に動きを見せたのは、切り裂きピエロだった。そいつは独自のフットワークを利用し、間合いに飛び込もうとしている。無式は明らかに届くはずもないのに、射程距離外で切り裂きピエロに向かい抜刀し、剣を振るった。
まさか、その切っ先が切り裂きピエロに届こうとは。
剣が伸びたのではない。刀身に入った切れ目で剣が分裂した、というのが正解だ。それらは一本の磨き抜かれた極細の鋼糸によって繋がれ、まるで鞭の如く撓(しな)り、切り裂きピエロに襲い掛かった。

魔剣『ツェアライセン』。それが無式の使用している剣の名前だ。二年前に、超級の称号を得た際に入手した、非常に風変わりな特殊剣である。

無式はツェアライセンを巧みに操り、分裂した刀身で切り裂きピエロを束縛した。そのまま力を籠(こ)めれば、四肢をバラバラに切断して殺すこともできたが、無式は自分の元に切り裂きピエロを引き寄せ、遠心力を利用してグレイト・ドラゴンのいる方に向かって解放、投擲(とうてき)した。
飛ばされた切り裂きピエロは、無式に向かって放射されるはずだった、グレイト・ドラゴンの『輝く息』をもろに受けることになった。−195.8℃の液体窒素に近い極低温の息を浴びた切り裂きピエロは瞬時に凍結、絶命した。
そして『輝く息』の影響で辺りに広がった濃い靄(もや)を貫いてツェアライセンが疾(はし)り、グレイト・ドラゴンの首元に巻きつく。気道を絞められては、息攻撃はできない。無式はその状態でグレイト・ドラゴンに肉薄し、ツェアライセンをロープのように引っ張って跳躍。反動で下がってきたグレイト・ドラゴンの首に乗り、ツェアライセンを操って元の形状に戻し、叩きつけようとして―――再び跳躍した。
刹那(せつな)、無式のいた場所にボス・トロールの、棍棒による会心の一撃が叩き込まれる。無論、それをくらったグレイト・ドラゴンは絶命した。知能が低いだけあって、かわされた場合を考えていなかったらしく、仲間を撲殺したボス・トロールは、姿の消えた標的を必死に探す。
答えは、空中から来た。
宙を舞っていた無式は、ボス・トロールに向かってツェアライセンを疾らせ、切り裂きピエロ同様に束縛する。そして地面に着地し、魔剣に魔力を注ぎ込む。
「縛戦術、緋竜七咆(ハボリュム)!」
瞬間、束縛されていたボス・トロールが火だるまと化した。緩んだ束縛から力づくで逃れ、火を消そうと地面を転がりまわったが、結局無駄に終わる。ベンゼン21%、ガソリン33%、ポリスチレン46%を魔力で合成、練成したナパームの炎は、周囲の酸素を全て喰らい尽くすか、特殊薬剤を使用しない限り、決して消火されないのだ。
無式は焼死体となったボス・トロールを確認し、ツェアライセンを元の形状に戻して鞘に収めようとし―――背後に刺突を放った。
それは確かな手ごたえと共に、背後から姿を消して不意打ちを仕掛けようとしていた、ミスト・ウイングを絶命させたことを告げていた。
無式は剣に付着した血糊(ちのり)を払い、抜き身の剣を手にホウキへと歩み寄った。


狭間の世界へと向かってから、二時間程で帰還した無式は、その足で例の金庫室へと向かった。そこでは、まるで来るのを予期していたかのように、幹部の女性が待ち受けていた。
「・・・・・・」
無式は、持っていた鞄を無言で女性の足元へと置き、空けた。
中身の一つは、頑丈そうなアタッシュケースに入った大量のゴールド。ホウキが持ち逃げした金。
もう一つは、ハンカチに包まれた、紅い宝珠にヒビが入っている指輪。例の『道具』。
そして最後の一つが、
「うふふ・・・いい表情してるわぁ・・・」
透明ビニール袋に入れられた、ホウキの『生首』だった。女性はうっとりした眼差しで、ホウキの死の絶望に固められた表情を仔細(しさい)に眺めていたが、やがて回収された
金に目を落とし、言った。
「しかし盗まれた金のうち、回収できたのは四千万Gだけとはね。ホウキは残りをどこに隠したのかしら・・・・・・ま、いいわ。」
そこで初めて、女性は無式に向き合った。
「これで組織への面目も立ったし、私も出世するわ。ご苦労様。」
本来ならば依頼を完遂したということで、そこで回れ右をして帰ってもよかったのだが、無式はそうはせずに、女性に言葉を叩きつけた。
「確かにホウキは四千万Gしか持っていませんでした・・・いえ、正確には四千万Gしか〈持ち出していなかった〉んですよ。」
女性の眉が、ぴくりと跳ね上がる。同時に周囲の黒服たちが警戒態勢に入ったが、無式はそんなことはお構いなしに続ける。
「その金庫には六千万Gが入っていました。とすると残りの二千万Gはどこへ消えてしまったのか・・・これはあくまで推測ですが、」
無式はそこで一旦言葉を区切り、目の前の女性を見た。彼女はまるで蛇のように瞳孔を細め、口の端を吊り上げて嗤(わら)っていた。無式は推測を続ける。
「最初に『誰か』が駆けつけた時には、まだ二千万Gは金庫にありました。ですがその『誰か』はそれを着服し、外部の人間を使ってホウキを処分。組織内部での評価も上がり、ホウキに全ての罪を押しつけて万事解決、ハッピーエンドってわけです・・・・・・さらに言わせてもらえば、俺が呼ばれた時、この現場の血はまだ生乾きの状態でした。『数時間前』の死体にしては新しすぎませんか?・・・・・・結論、現場に駆けつけたあなたは、ホウキの裏切りを報告した生き残りを口封じに殺害。金庫の残り二千万Gを自分の懐に入れてから、上に報告。そして俺を呼んだってわけです・・・面白い推測でしょう?」
周囲の黒服たちは、殺気を放ちながら無式へと間合いをつめた。だが、
「―――およし。」
女性の静止の手が挙がると、何事も無かったかのように元の立ち位置へと戻っていった。
「成程成程・・・でも、それはどこまでも推測にすぎないわ・・・・・・それで、そのつまらない推測を、あんたは誰かに言うわけ?」
その場全ての人間の圧力(プレッシャー)によって、空間が軋(きし)む。
やがて無式はため息を吐き、髪をかき上げながら答えた。
「・・・さぁ、どうでしょう?」
そしてそのまま出口へと踵(きびす)を返しながら、言う。
「ただ、俺には妙な持病がありましてね。預金口座の金額が莫大に増えていると、何故か口が堅くなるんです。」
ある種の揶揄(やゆ)を含んだ無式の言葉に対し、女性は忌々しげに吐き捨てる。
「おそらく、そのクソッタレた『何故』は起こると思うわ―――近いうちにね。」
その言葉に無式は顔だけを振り返し、業務用の笑みを浮かべながら言った。
「それはどうも。」



第7章、完
 
第8章『イヴの想い』へ続く

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