第4集

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第10章 宴と喧騒

「――そういえば、君の名前をまだ聞いていなかったな」

 港で無式の旧友こと、ポストと合流した後、歩きながら彼がイヴにそう尋ねたのは、当然といえば当然のことだった。イヴは足を止め、ポストの方を向いて一つ頷き、言う。

「私はイヴ、といいます。オーディ、」「彼女は俺の従妹(いとこ)だ」

 被さるように言葉を発し、無式はイヴの言を遮った。
相手がポストとはいえ、神様云々(うんぬん)を話したところで、とてもじゃないが信じてもらえるとは思わなかった、無式のとっさの判断だった。

「ふ〜ん。従妹・・・ねぇ」

 ポストは、目に浮かぶ不審を隠そうともせず、無式とイヴを交互に見比べた。
 そしてため息をつく。
 当たり前だが、そこに遺伝子学的共通点は全く無かった。

「てゆーか、そもそもおまえに従妹いたっけ? …ま、どうでもいいか」

 そう言うと、ポストは一人で歩みを再開した。距離が離れたのを見計らい、無式はイヴに耳打ちする。

「すまないが、しばらく神様関係は無しにしてくれ。いちいち説明してたらきりが無い」

「あ…ハイ。わかりました」

 何やら小声で話し合っている二人を見て、ポストが不審そうに眉をひそめる。

「何やってんだ? 早く行くぞ」

「ん・・・あぁ、了解了解」

 そして、一向は目的の場所がある『大椰子』へと向かった。


『大椰子』――それはマルタ国内にある、他の椰子の木とは比べ物にならない程の巨大さを誇った、いわばマルタの象徴とも言うべきものであり、その内部には多種多様、大小様々な店が立ち並んでいる。


 無式が入り口の戸を開けると、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。

『楽園の惑い』

 そこは大椰子の上部に建設されている、無式もよく足を運ぶ、マルタでも一、二を争う人気のバーだった。

 店内には穏やかな音楽が流れ、天井の木製の三枚翼が悠然と回転し、空気と音符をかき混ぜている。

 落ち着いた飴色の木材の壁。それに合わせた色の椅子と食卓で、客が静かに酒や料理を楽しむ。
適度に抑えられた暖色照明が、客の多くの割合を占めるM・M特有の鋭い視線や、酒杯の硬質な輪郭を柔らかいものにしている。

 そしてカウンターでは、無数の酒瓶を収めた天井まである高さの棚を背後に、老バーテンダーが銀色の筒を振り、酒を調合していた。

「二人は先に席へ行っててくれ。俺は私用がある」

 店に入るなり、ポストはそう言うと一人カウンターへと歩み寄る。新しい客が来たこと気づいたバーテンダーが、人懐っこさの塊のような笑顔をポストへ向けた。

「いらっしゃい。ご注文の方は?」

「タイボク国の狂教授からの使いだ」

 ポストの硬質な響きをもった一言により、バーテンダーの目つきが鋭いものへと変化する。

「ご苦労様です。して、何にいたしましょうか?」

「冷えた椰子酒で」

 ポストはそう言いつつ、袖口に隠し持っていた小石を床に落とし、目線を動かさずに軽く蹴る。
小石は床を滑り、カウンター下の隙間を通ってバーテンダーの磨きぬかれた革靴にあたり、止まった。

「こんな寒い日に椰子酒ですか。今の時期なら、大陸から仕入れたニサルク酒をお勧めしますよ」

 バーテンダーはそう言いながら視線をわずかに下ろし、ポストから渡された小石を踏み割り、中から現れた記憶素子(ICチップ)を確認する。

「ニサルクは俺の舌に合わない。椰子酒で頼む」

 ポストの注文に、バーテンダーは重々しく頷き、銀色の筒に冷やされた蒸留酒と椰子の果汁を入れ、振り始める。

「ここ最近、ウチの店を出入りするお客さんの中に、かなり人種差別をする団体がいましてね。彼らには気をつけてくださいよ。店の中での騒動は願い下げですので」

「人種差別、ね。どれだけ世の中が進化しても、そういうくだらない概念に縛られた馬鹿はなかなか減らないもんだな」

 そのような他愛も無い世間話をしている間に、バーテンダーが完成した筒の中身をグラスへと移し、ポストに差し出す。

「では、お楽しみ下さい」

 そう言うと、バーテンダーは足元の記憶素子をゴミでも拾うかのようにつまみ上げ、店の奥へと去っていった。

 ポストはグラスを傾けながら、暫くバーテンダーの去っていった方を見つめ続けていたが、やがて踵(きびす)を返すと、無式の待つテーブルへと向かった。

 グラスを片手に戻ってくるポストを迎えたのは、無式の苦笑だった。

「相変わらずそういう仕事をしてるんだな、おまえは」

「俺は平和主義者なんでね。おまえみたいに、わざわざ自分の命をさらけ出そうなどとは思わんさ」

 ポストの仕事はいたって単純。タイボクの狂教授こと、クロウの開発データが入った記憶素子の輸送である。受け渡しの手順も、こういった演出が好きなクロウの指示だった。

 でなければ、あんなバレバレの渡し方などしない。

「ところで、君は何も飲まないのか?」

 品値がついていないメニューを覗き込んでいるものの、一向に顔を上げようとしないイヴにポストが尋ねた。

「あ、私は……」

「アルコール経験が無くても、カクテルくらいなら飲めるだろ。何、ここの支払いはポスト持ちだから、金の心配はいらないぞ」

 勝手に支払いを押し付け始めた無式に、ポストは反射的に否定しようとした、が、

「女性に貢(みつ)ぐのも男の甲斐性、って、おまえ昔言ってたよな?」

「なっ……!」

 思い出したくもないが、確かな事実を言われて言葉に詰まるポスト。

「……わかったよ」

 全てを諦めたかのようなポストの大きな嘆息。その様子を見て、無式は意地悪気に嗤(わら)った。

 そんな二人の会話を、疑問符を浮かべながら聞いていたイヴだったが、やがてメニューの中から、

  「じゃあ、これで」

 正確に『一番高いカクテル』を選んだ。

 残酷な偶然に、無式は笑いを堪(こら)えながらウェイターを捕まえ、それを肴(さかな)と一緒に注文した。

「ま、これもある種の運命だ。諦めな」

 暗〜いオーラを放出し始めたポストに、無式は何の慰めにもならない言葉をかけた。

「それはともかく、だ。最近のIMMCの動きはどうなってる?」

 
 IMMC(国際モンスターマスター評議会)。それはこの世にM・Mが現れるとほぼ同時に制定された、現代においても強い権力を持つ、有力国際組織の一つである。

 個体で街一つを破壊しかねない力を持つ魔物を従わせる、ある意味危険な存在であるM・M全体に睨みを利かせ、不正者には情け容赦無い制裁を下す、強力な組織。

 ポストも外見とその若さからとてもそうは見えないが、IMMCのれっきとした一員である。本来ならば内部情報を部外者に教えることは禁じられているのだが……。

 
「特に活動を表面化させるようなゴタゴタは無いな。ただ……裏では相変わらず混沌とした状況が続いてる」

 気分を取り直しながらも、ポストは淡々と告げる。

「一年半前の『あの事件』以来、世界ではロクなことが起きてない。このマルタでは、まだそれほど大きな問題は起きていないようだが」

「おまえが消した大津波を除外すれば、確かにそうだな……そんな言い方をするってことは、そっちでは何かあったんだな?」

「…………」

 ポストが握っているグラスの氷が溶け、カランと涼やかな音をたてる。

「……いや、何も無、」 「嘘だな」

 無式の鋭い指摘に、ポストは二の句が告げなくなる。

「わかりやすいのも相変わらずだな。それでよくIMMCなんぞにいれるもんだ」

「…………」

「顔に出るんだよ。おまえは」

 無式はそう言いつつ、ウェイターが運んできた料理と酒を受け取る。イヴも薦められる前に、自らに運ばれてきたカクテルに口をつけた。

「ま、タイボク国の事情にさほど興味は無い。それより今はカレキ国のことだ」

「あぁ…あの国には、ほとほと困ったもんだよ」

 ポストは大仰にため息をつき、言った。

「まさか核を造ってるとはね」

ポストのその言葉に、ルカは手中のニサルク酒に異物が入っていたかの如く顔をしかめた。

「噂は本当だったってことか。どうしてまたそんなモノを創めたのやら……」

核。すなわち、核分裂兵器。

ウラン235、プルトニウム239の原子核の分裂、または重水素、三重水素の原子核の融合により発生するエネルギーを極めて短時間に放出し、熱線、可視光線、爆風、放射線、電磁パルスの5種の破壊を撒き散らす、通常兵器に比べ桁違いに大きな破壊力を有する兵器である。

かつて、まだルカもポストもこの世に生まれる以前、この兵器によって創り出された傷跡は、今もなおこの地上に残っている。

そのあまりにも強力過ぎる破壊力を警戒し、かなり以前に国家間で結ばれた条約によって、製造・使用は硬く禁じられていたはずだったが……。

「で、それに対するIMMCの対策はどうなっている?」

「情けないもんだよ」

ポストはそう言うと、空のグラスを掲げて近くを通りかかったウェイターに追加を注文する。

「有数の重要機関を名乗っておきながら、結局は内部で責任のたらい回しでね。全くもって泣けてくる」

「そうか……」

年齢にそぐわない話をしている二人を尻目に、イヴは手の中にあったカクテルグラスをテーブルへ戻した。

「あの、お代わりもらってもいいですか?」

「は?」

ルカが目を向けると、驚くべきことにグラスは既に空になっていた。あまりのペースの速さに、ポストも目を丸くしている。

「「……大丈夫なのか、初めてなのに」」

不安げな二人に対し、イヴはけろっとしている。アルコールの影響は全く見られない。

ポストの追加の酒が運ばれてきたのに乗じて、イヴも今度はルカに指定された安物のカクテル(嫌がらせにも限度はある為)を注文する。

しかし、その注文がバーテンダーまで届くことは無かった。

そのウェイターの前に立ち塞がる、今しがた店に入ってきた男のせいだ。

その男は顔つき、体格、仕草、どれを取っても、いかにも荒事慣れしていそうな雰囲気を漂わせていた。照明の暗い店内を見渡し、目の前のウェイターにグッと顔を近づける。

「おぃ兄ちゃん。さっきこの店にタイボク人が入ってきたらしいじゃねぇか。この店は汚らわしい異国の野郎にも酒を振舞うのか? あ?」

暴力成分がたっぷり混入している男の口調に、ウェイターは竦みあがりながらも言う。

「と、当店は、ご、Gが支払われるかぎりは、どなたでも……」

「そんなマニュアル通りの返答なんざ聞きたかねぇよ! それとも何だ? 俺を怒らせてそんなに楽しいのかお前は? あぁ!?」

「黙れ人糞面」

その言葉を発したのはウェイター――ではなく、ポストだった。

「周りの迷惑を考えろ。それとも、お前のミニマム脳味噌じゃ周囲まで気がいかないのか?」

「……てめぇ、今なんつった。急いで誤りゃ許してやらねえこともねぇぞ」

そう言って詰め寄ってくる男に、ポストは嘲るかの如く、さらに挑発する。

「近づいて見てみれば、ますます酷い顔だな。こりゃ人糞通り越して牛糞面だな」

ポストのその言葉に、男がついにキレた。そして渾身のストレートがポストの顔面へ――届かなかった。

「そういうことは外でやろうや」

男の一撃はポストの片手で易々(やすやす)と受け止められていた。そしてそのまま押し返す。

「お前の探してるタイボク人は、俺だろう? 手間が省けて良かったじゃないか」

そう言うと、ポストは悠然と男の横を通り過ぎ、店の外へと出ていった。

男は唇を歪めて自らの拳を見、ルカとイヴに一瞥(いちべつ)くれてから店の外へ出て行ったポストの跡を追った。

「……大丈夫なんですか? ポストさんは」

心配そうな声と表情のイヴに対し、ルカは肩を竦(すく)めた。

「あいつの心配なら無用だな。むしろ……」

ルカはそこで言葉を区切り、見ている者を不安にさせるような笑みを浮かべた。

「あの男の心配をしたほうがいいかもな」



店の外に出たポストは外の様子をぐるりと見渡し、ため息をついた。予想通りというか何というか、相手はその男一人ではなかった。

先程の男はポストを連れ出す為に代表で中に入ったらしく、ポストを取り囲むのは全部で8人。四面楚歌どころか、八方塞がりである。

遅れて店から出てきた男が退路を塞ぎ、下品な笑みを浮かべて言う。

「さて、武器も酒場に預けっぱなしの状態でどうするよ、タイボクの小僧。別に泣いて許しを乞うのもアリだぜ。まぁ――許してやるつもりは毛頭無いがな」

絶体絶命の状況において、ポストは尚もせせら笑う。

「それで結構。お前らに許しを乞うくらいなら、道端の犬の糞に『踏んでしまってごめんなさい』と言う方が遥かに道理にかなっている」

その言葉を合図に、ポストを取り囲む輪が縮まり、

「おらぁっ!」

取り囲んでいた男達の一人の鉄拳がとんだ。ポストはそれを紙一重で避けると膝を折り、右拳を男の顎下へ、左手を地面つけた。

「間欠泉!」

次の瞬間、ポストの足元に水柱が噴出し、体ごと上空へと飛ばす強烈なアッパーカットが炸裂。そして空中で旋回し、勢いをつけた踵落としが男の頭へ命中。地面へと叩きつける。

男はうめきながらも立ち上がろうとしたが、そこへ空中から帰還したポストの容赦ない踏みつけが、男の意識を闇へと葬った。

「さぁ、次はどいつだ?」

ポストはどよめく男達へむかって不敵に嗤いかけた。

「みんな死ね。俺が鎮魂歌(レクイエム)を歌ってやるよ」

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